詩人 谷川 俊太郎の絵本『あな』|石井講次の おすすめ絵本バンザイ
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詩人 谷川 俊太郎の絵本『あな』

『あな』
 作  谷川 俊太郎
 画 和田 誠
 出版社 福音館書店
 発行日 1976年11月1日
 対象年齢 3歳から
 評価 ★★★★

『あな』のあらすじ

 主人公のひろしは日曜日の朝、何もすることがないのでスコップで穴を掘り始めました。

 するとおかあさん、いもうとのゆきこ、となりのしゅうじくん、おとうさんが次々とやって来て色々訊ねます。しかしひろしは、そっけなく答えるだけで黙々と穴を掘り進めます。手に豆ができても、汗が耳の後ろを流れても深く深く掘り進めます。

 身長よりももっと深く掘られた穴のなかで、ひろしは座り込みます。穴の中は静かで、土の良い匂いがします。ひろしは穴の壁に付いたシャベルの跡を触り思います。「これは僕の穴だ。」

 穴に座っているとまた、おかあさん、いもうとのゆきこ、となりのしゅうじくん、おとうさんが次々とやって来て色々訊ねます。しかしひろしは、そっけなく答え穴に座り続けます。

 ひろしは穴から上を見上げると、空はいつも見る空よりももっと高く、青く見え、その空を一匹の蝶がひらひらと横切りました。

 ひろしは立ち上がり、穴から弾みをつけて上がりました。そして深く暗い穴を覗き込み「これは僕の穴だ。」ともう一度思いました。

 そうして、ゆっくりと穴を埋め始めました。

『あな』というモチーフ

 私はこの絵本を初めて読んだ時に村上春樹の小説を思い出しました。村上春樹さんの小説の中で井戸は繰り返し登場します。

 『ノルウェイの森』では冒頭に主人公の死んだ恋人の「直子」が生前、野井戸について話していたエピソードが語られています。
 『ねじまき鳥クロニクル』では全編を通じて井戸が何度も登場し、ある時はメタファー(暗喩)として重要な役割を担っている。そして、今回のおすすめ絵本の主人公「ひろし」のように『ねじまき鳥クロニクル』の3人もの登場人物が実際に井戸の底に降りて座りこんでいます。

 ひろしが地表から深く隔離された穴の底で感じたものと似た感覚を『ねじまき鳥クロニクル』の主人公も感じています。

地表の光景が僕から遠退いていく。現実感が次第に薄れ、それにかわって井戸の親密さが僕を包んでいく。井戸の底は温かく静かで、奥まった大地の柔らかさが僕の肌を鎮める。波紋が消えるように胸の中の痛みが薄らいでいく。その場所は僕を受け入れ、僕はその場所を受け入れていく。バッドのグリップを握りしめる。目を閉じ、もう一度目を開け、頭上を眺める。

 ひろしが穴の底から見た、いつもとは違う空を『ねじまき鳥クロニクル』の主人公も見ています。

 朝の五時過ぎには空はもう明るくなっていたが、それでも消え残った星がいくつも頭上に見えた。間宮中尉の言ったとおりだ。井戸の底からは昼間でも星が見える。きちんと半月のかたちに区切られた空の断片の中に、うっすらと光る星がまるで珍しい鉱物の標本みたいに綺麗に詰めこまれていた。

 ひろしが地表から暗い穴を覗き込んだように『ノルウェイの森』でも恐ろしく深く暗黒の詰まった野井戸を覗き込んでいます。

身をのりだしてその穴をのぞきこんでみても何も見えない。僕に唯一わかるのはそれがとにかくおそろしく深いということだけだ。見当もつかないくらい深いのだ。そして穴の中には暗黒がーーー世の中のあらゆる種類の暗黒を煮詰めたような濃密な暗黒がーーーつまっている。

 偉大な詩人と偉大な小説家のこの共通性は何を意味するのでしょうか?

 私は村上春樹さんの小説を読んだ際、この井戸で心の一部を強く揺さぶられたり、今まで把握していなかった自分の性質や考え方、感じ方に気付いたり、そこから人生を生きていく上で必要な大切な何か持ち帰ったりしてきたように思います。

 そして、今回のおすすめ絵本『あな』を読んだ際にも、同じ様に心の一部を強く揺さぶられ「あれ?これはあの時と同じ揺さぶられ方だぞ。」と思い出し、村上春樹さんの小説に結びついたのです。

 地表から深く掘られた穴(井戸)というモチーフは何を意味するのでしょうか?
 それは谷川さんのインタビューに答えがあるように思います。

谷川さんはどうやって詩を書くのだろう。

 「意識して書くと詩は面白くなくなります。だから意識下のまだ言葉になっていない混沌(こんとん)としたものがぽこっと出てくるのを待つんです」

 ひたすら待つ…。そうして現れた言葉は、曖昧で多義性を持っているという。谷川さんは、自分の詩が人々の心に届いた理由をそこに見る。

「曖昧で多義性を持った言葉だから、理性が及ばない混沌とした意識下に作用したのかもしれません」

 地表から暗く深い穴を覗き込むという行為。深い穴の底という社会から隔離された空間で感じる感覚。深い穴から見上げる空。これらはまさに、私達人間の意識下のまだ言葉になっていない混沌としたものがぽこっと出てきたところ捕まえた産物なのでしょう。
 そして、偉大な詩人と偉大な小説家が人間の意識下へ深く深く潜った結果、同じように「地表から深く掘られた穴(井戸)」というモチーフへたどり着いたのだと思います。
 

娘に読み聞かせた時の反応

 初めて娘に今回のおすすめ絵本を読み聞かせ終わった時、楽しいでもなく、ツマラナイでもない、なんとも言えない複雑な表情をしていました。

 そうなるのも無理はないと思います。他の冒険ものや、家族愛ものに比べ『あな』はこれといった明確な感情が湧きにくいのです。赤や青や黄色や色々な色を混ぜて出来上がった何色とも形容しがたい薄暗い色がモヤッと心を覆うような感じです。

 そのような感じにも関わらず、娘は気に入ったらしく何度も読んでとせがんできます。毎回、見るからに楽しいようには見えないのですが、モヤモヤっとした感情を味わい、それはそれで満足しているようです。
 子供ながらも、大人の私と同様に心の一部が揺さぶられているのかもしれませんね。

 お子さんと一緒に人生の深淵を覗きこむことの出来る『あな』おすすめです。ぜひとも、偉大な詩人 谷川俊太郎が意識下のまだ言葉になっていない混沌から掬い上げたものを味わっていただきたい。

バンザイ

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